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対談 2017.11.20 AI時代の仕事と働き方-水野操さん×濱口豊



2017年11月「AI時代を生き残る仕事の新ルール」を上梓した水野操さんに、これからの時代の働き方、マーケティング、技術の進化についてお話を伺いました。マーケター、コンサルタント、作家、経営者、たくさんの顔を持つ水野さんご自身のキャリアにも、未来の働き方へのヒントがたくさんありました。
 

◆プロフィール 水野操さん

1967年東京都生まれ。
有限会社ニコラデザイン・アンド・テクノロジー 代表
 
米大学で航空工学の修士課程を終了後帰国。外資系のソフトウェア企業、コンサルティングファームなどで、主として製造業関連の業務に従事。非線形構造解析、3次元CAD、PDM(製品データ管理)等を中心に、大手自動車メーカーや家電メーカーなどでコンサルティングを担当した他、営業やプロダクトマーケティング、ビジネスディベロプメントなど事業開発関連業務も担当。
 
2004年にニコラデザイン・アンド・テクノロジーを起業し、代表取締役に就任。現在は、同社にてオリジナルブランド製品の展開、マーケティング、ITのコンサルティングの業務を推進。
 
その傍ら、2004年頃から専門誌やウェブメディアを中心に執筆を始める。主な著書に「絵ときでわかる3次元CADの本ー選び方、使い方、メリットの出し方」(日刊工業新聞社)「自宅ではじめるモノづくり超入門 ~ 3DプリンタとAutodesk 123D Designによる、新しい自宅製造業のはじめ方 ~」(ソフトバンククリエイティブ)「3Dプリンター革命 モノづくり・ビジネスが変わる!」(ジャムハウス)「あと20年でなくなる50の仕事」(青春出版社)など。


水野さんがマルチキャリアを築くまで

濱口
水野さんと出会ったのは、西葛西で当社を設立して間もないころ。随分とビジネスでご一緒させていただきました。当時は設計製造分野のITツールベンダーのマーケティング担当をされていました。
 
水野
そうですね。長いお付き合いです。
 
濱口
もともとは航空関連の研究をされていたんですよね。
 
水野
高校卒業後に渡米して、航空工学を学びました。航空関連の仕事に就きたかったのですが、修士課程を終了する頃ソ連が崩壊し、冷戦が終わったのです。平和になったのはいいのですが、航空や防衛産業は軍需が減って一気に縮小。一緒に学んだ同級生たちも航空系への就職は少なかったですね。自動車産業に進んでから航空産業へ転職する、というケースもいくつかありました。


1992年 卒業式にて修士号を授与される水野さん

私はというと、日本に帰国して就職活動をしました。いくつか航空関連のメーカーや商社などを受け、最終的に日本マーク(現MSCソフトウェア)という航空・宇宙・自動車などの様々な産業分野で利用される非線形構造解析ツールのベンダーに就職しました。

濱口
ここから製造ITとの長い付き合いが始まったわけですね。
 
水野
修士論文の関係で非線形のプログラムを書いていたのがきっかけで入社。おもしろい仕事でした。それから、もっと現場に近い仕事がしたいと、3D CADやPLMを手がけるSDRC(現シーメンス)のエンジニアリングサービス部門に移り、日米の大手自動車会社さんの仕事をさせていただきました。
その後、今度は上流の仕事がしたいとコンサルティングファーム(キャップジェミニ・アーンストアンドヤング)に転職し、クライアントの業務プロセス改革とPLMシステムの刷新に携わりました。
 
濱口
現場から上流まで経験されてから、製造CADベンダーのマーケティング部へ。
 
水野
はい、重力に引っ張られるように。またツールベンダーに戻りました。


製造CADベンダーのマーケティング部時代、本社のメンバーと。
 
濱口
航空を目指したのはいくつのときですか?
 
水野
空に興味を持ったのは子供のころ。幼稚園の文集に「パイロットになりたい」と書いていました。それから小学校1年生のときに宇宙戦艦ヤマトが始まり、機動戦士ガンダム、スターウォーズ、トップガンなど空か宇宙に関する作品が次々と出てきて、ますます興味を持ちましたね。あとは、父が商社勤務だったので、海外の仕事を見て面白そうと思ったことも影響しています。そして、航空といえばアメリカだろう、ということで渡米したのです。
 
濱口
子供の頃の夢に、まっしぐら!
 
水野
そこそこ夢は叶いましたね。パイロットの免許も取ったし。でも就職してから違う道を進み続けて…世の中わかりませんね。


学生時代、スカイダイビング中の上空にて。右上、黒いジャンプスーツに黒いギアが水野さん。

 

「勧められたカレーは食べてみる」

濱口
そして今では、アタッシュケースの企画製造から、ITコンサルティング、執筆、講師、とマルチキャリアです。
 
水野
興味と成り行きの結果そうなりました。巻き込まれてやってみたら面白い、そしてうまくいく、そんなものですよね。でも流れがあるときとないときがあって、どんなに頑張ってもうまくいかないときもあります。流れが停滞はしても、止まらずに背中を押されることもある。そんなときは身を任せてみるのです。すると案外うまくいく。
                                                                                                                            
濱口
私もよく社員に「勧められたカレーは食べてみよう※」と言いますが、それと同じようですね。やってみると、何か発見があるかもしれないよと。セレンディピティです。やってみるか、やらないか。水野さんはやってみるタイプですね。
※濱口20代のころの実体験に基づく。
 
水野
やったら大惨事になるのがわかりきっていることは、さすがにやらないけど失敗してもリカバリできそうなら、やります。本を執筆するようになったのも、ベンダーのマーケティング担当時代、当時の機械設計(日刊工業新聞社)の編集長に声をかけられて連載記事を書いたのが始まりでした。それから2012年3Dプリンタブームのとき、ちょうどKindleのダイレクトパブリッシングが始まった頃でもあり、やり方を調べてすぐに出版。その電子書籍を見たという3社から声をかけられたのです。また週刊誌の「識者に聞く」というコーナーで「2020年に生き残る会社、日本からなくなる仕事」というテーマでコメントを依頼され、今度はそれを見た出版社から「20年後になくなる50の仕事」を書いてほしいと。製造業の視点で考察していたのが私だけだったようです。そして今回のAIの本につながります。
 
濱口
やってみたら、いろいろつながって世界が広がったわけですね。
 
水野
とりあえずやってみる。幸い大惨事にはなっていないです。

 

マーケティングとAI



濱口
書籍の中で、水野さんはこれからのAI時代の働き方を業界別に書かれています。
 
水野
今回AIを二つに分けて定義しました。ひとつが「強いAI」。SFで見たような人間か機械かわからない、人間と同じ以上の能力を持っているもの、汎用的なAI。人間をしのぐ存在で、こんなAIができたら人の仕事はなくなりそうです。一方、「弱いAI」は、特化型AIをそう呼びます。アルファ碁はトッププロ囲碁棋士を負かせるけど、料理や運転はできません。「弱いAI、特化型AI」との働き方を考えていくべきです。
 
濱口
特化型AIを、いかに使いこなすかですよね。マーケティングの分野もAI活用で変わりつつあります。
 
水野
コンピュータだけで完結する仕事はAIと相性がいいですよね。デジタルマーケティングはAIによって効率化されて人手も少なくて済むようになるでしょう。AIが分析して予測して、提案してくれることで、場合により一人社長でもAIがあれば事業が成り立つかもしれません。ただし、システムから出た結果から考察して判断をするには専門知識が必要なので、そんなマーケティング責任者の仕事は残ると思います。
 
濱口
私はマーケティングとは「経営の最高の機能」だと定義しています。言い方を変えて「自社サービス、製品の顧客たるべきは誰かを具体的に想定して、その顧客が自社サービスを利用した際に発する感動のシーンを一枚の絵にする」と表現しますが、いまのところそれができるのは人間だけです。
 
水野
マーケッターはAIを道具として使いこなして、マーケティング本来の仕事をすること。
 
濱口
そう、会社のストーリーや少し未来の姿を「一枚の絵にする」ことに集中することですね。AIが進化しつつある今、私達はそれを使いこなす知識とチカラが急速に求められている。でも使いこなすことができたらもっと上手にマーケティングが活かされて、よりよい未来に近づけると思うのです。

 

35年前に想像された、2019年。テクノロジーの進化予想は大外れ?

濱口
AIなどのテクノロジーの進化や、未来の生活って、予想できるところと全くはずれるところがありますよね。最近、1982年に公開された映画「ブレードランナー」を見返したのですが、舞台は2019年の話です。圧倒的に予想がはずれているのは「空飛ぶ車」と「通信」でした。2019年にまだ電話していましたよ。(せめて時計で電話させとけばいいのに…)現実のほうがSFの世界より圧倒的に進んでいる。



水野
アメリカの物理学者で宇宙開発に関する先駆者のジェラード・K・オニール氏が提唱した「スペースコロニー」もそうですよね。私が中学生の頃、「2081」という本が出版されました。太陽系スペースコロニーに住んでいる主人公が地球に里帰りして、2081の世界のテクノロジーはどんなものがあるかを語るのですが、映画の話と同じで、これも極端なのです。航空宇宙技術に関しては、ほぼ無理なんじゃないかと思う一方、通信は2081より進んでいるぞ、という印象です。
 
濱口
やっぱりテクノロジーって人間の生理的欲求に合わせて進化するというか、Happyを感じるところから進化していくんではないでしょうか。
 
水野
物理的な部分は人間が思うように進まないですよね。例えば極超音速機の計画は出たり消えたりですし、宇宙ステーションもようやく実現はしたけど、これからどうなるか。一方で、インターネットをはじめIT関連は驚くべきスピードで進んでいる。
 
濱口
インターネットや通信の進化は、人のコミュニケーションへの欲求や気持ちが強かったからだと思うのです。手塚治虫氏の「火の鳥」ではAIとの恋愛が描かれていましたが、こんな人の欲や情に訴えるテクノロジーはこれから実現しそうだなと感じます。



これからの時代の働き方

濱口
書籍にもありましたが、これからAIが進化して世の中が変わっていく中で、私たちも働き方を考えねばなりません。水野さんのようにいろいろな引き出しを持つ、ということがひとつの答えのように思います。
 
水野
興味を持つということが大事ではないでしょうか。どれだけ歳をとっても、好奇心たっぷりのほうが人間面白いですよね。興味があれば、勢い引き出しは増えていくと思います。
 
濱口
興味を持って、やってみることですよね。やりたいと思う気持ちを大事にすること。
 
水野
先日知人と「世の中には仕事をつくる人と、実行する人しかいない。」という話題になったのですが、「仕事をつくる人」は実行するための手段を選べる人だと思うのです。これまではその選択肢が人しかなかったけど、今ではAIやツールなどの選択肢からベストなものを選べる。「仕事をつくる人」というのは創業者だけでなく、いろいろなレイヤーにいます。気概があるだけでなく本当に作っていく行動力を持った人。そんな人になることを目指すといいですよね。




濱口
そんな人はAIに取って代わられません。
 
水野
人間にしかできない仕事って、「AIという道具を的確に使いこなし、判断をして、ビジネスの責任者や関係者に対して意味のある対応をする、ということ。また、その仕事の本質は何かと考えること」ではないでしょうか。
 
濱口
AIを上手に使いこなして、私たち人間も働き方や考え方を進化させていくことが必要ですよね。いま多様な働き方で活躍される方が周囲でも増えています。
 
水野
新しい働き方や新しい流れにのってみること。「勧められたカレーは食べてみる」ことが、自らの流れをつくるきっかけになるかもしれませんね。




★水野さんの著書「AI時代を生き残る仕事の新ルール」(青春出版社)詳細はこちら
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